真夜中の弥次さん喜多さん

を観てきました。映画のタダ券があって、梅田のブルク7で観たんですが今日の上映スケジュールでまぁ観ようかと思うのがそれくらいしかなかったもので。コンスタンティンをもっかい観ようかとも思ったが。

実はクドカンの作品てほとんど観たことないんですわ、僕。
というかIWGPをちょろっと、くらいかな。
木更津キャッツアイも観てないし、その他脚本の作品も全然観てない気がする。

で、しりあがり寿さんの原作も見ずいきなり映画鑑賞。


やぁ、ぶっとんでましたね。ストーリーは勿論のこと主役二人の演技がぶっとんでた。
長瀬智也は頭悪いので嫌いでしたが見直しました。
中村七之助の演技も凄い。なんていうか、二人の役者根性が素晴らしい。拍手ものです。
その他の俳優も結構ふっきれた演技してましたねー。中村勘九郎おもしろかったなー。この映画で一番自分を捨てきれてなかったのはARATAくらいじゃないでしょうか。まぁ、劇中でもクールな役割でしたけど何か浮いてたな。


ほとんど知らないくせに語りますがまさにクドカンワールド炸裂です。
小ネタがいいね、個人的には結構おもしろかったです。おもしろくないと思う人もたくさんいるでしょうけど。てか、本当に好き嫌いのわかれる映画だと思います。
僕は嫌いじゃないし面白かったけど映画のタダ券がなかったら行ってなかったと思います。こういう作風の映画って今の日本のサブカルの一つだと思いますのでそれを体感できたのはよかったです。ただ、うわぁ最高におもしれぇ!!ってな評価ではないですな。

ホントはもっと感想っぽいの書きたいんだけど語彙力及び表現力がないからパス。
ただ、枠にはまらない設定がよいですね。
何つうか、普通の映画って、そのストーリーの中の世界というものがきっちり存在しているから、僕らはその映画に入り込めると思うんですが。つまりはスクリーンの中に完全にこっちの世界とは分断されたもう一つのリアルがあるわけです。だからこそすんなりその世界の中の一人としての目線になれるというか。
でも、この映画はその世界というものをきっちり枠に収めてないというか敢えて不完全にしている感じで。僕達の側と繋がった形でのリアルがスクリーンの中にもあるといえばよろしいか。あくまでもこの映画を観ている自分と言う存在を感じたままで、スクリーンの中の世界や人物は演じられたものであるということを感じたままで鑑賞していると。そして現代という時代をずっと感じ続けたまま江戸という時代の物語を見ている感覚も。それはまぁストーリーがはちゃめちゃで感情移入したり没頭したりできないからかもしれませんが。まぁとりあえず何かその不完全さが僕には好印象でした。うわ、なんだこのめちゃくちゃな意味わからん文章。グダグダになってきた。まるでこの真夜中の弥次さん喜多さんの後半みたいにグダグダだ。まぁいいや、寝る。